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高松地方裁判所 昭和31年(行)2号 判決 1957年3月11日

原告 児島ヨシノ

被告 長屋税務署長

訴訟代理人 越智伝 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告が訴外児島丈吉に対する国税滞納処分のため昭和三〇年一二月二六日香川県大川郡白烏町湊字岡前八一三番地の一田一反六歩に対してなした差押を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、

その請求の原因として、被告は、前記訴外人に対する国税滞納処分として前示日付で前示土地(以下本件土地という)を差押え、翌二十七日高松法務局三本松出張所受付第二一四七号をもつてその旨の登記を経た。

しかしながら、該土(農)地はかねて原告が所有者たる前記訴外人より贈与を受け、かつ同年一二月六日付香川県知事のこれが許可を得たのでその所有権を取得していたものであり翌三一年一月五日その旨移転登記をも了した。それ故右差押は原告の所有地をつきなされたものであり不当であるから原告はこれが解除を求める趣旨において差押処分の取消を求めるため本訴に及んだ。

又、被告の抗弁に対し、原告が右差押処分につき再調査ないし審査の請求をしていないことは認めるけれども原告は昭和三一年一月中旬頃本件差押処分を知り、直ちに、阿河弁護士事務所名義の葉書をもつて、又その後口頭をもつて、被告に対し、それぞれ差押の解除を求めていたが同年二月一六日被告から差押物公売期日を同月二八日とする旨の通知を受けるに至り被告においてこれを取消す意思のないことが窺われるようになつたので、右再調査ないし審査の手続を経て出訴したのでは公売により原告の本件土地につき有する権利を失うに至る危険があるので再調査等の手続を経る余裕がなかつたような事情にあるものであるから、本案前の抗弁は理由がない。

原告は、かねて白鳥町農業委員会を経て香川県知事に本件土(農)地の所有権移転許可申請をしていたところ、右知事において、昭和三〇年一二月六日その許可をし、これが許可書もその頃右委員会に到達していたので遅滞なく該許可書を原告に交付しなければならないにもかゝわらず、被告は右委員会の事務吏員と意を通じ同月三〇日頃までこれを原告に交付させず、違法に原告の右所有権取得による移転登記申請を妨げたものであるから該登記を経なくとも原告は被告に対し所有権取得を対抗し得るものである。と述べ、

<証立 省略>

被告指定代理人は、本案前の答弁として、原告の訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由として、被告が訴外児島丈吉に対する滞納国税徴収のため昭和三〇年一二月二六日原告主張の土地を差押え翌二七日その旨登記を了したことは相違ないが、国税の滞納処分に関しては国税徴収法第三一条の二、三による再調査及び審査の請求をし、その決定を経た後でなければ訴訟を提起できないに拘らず、原告は昭和三一年一月中旬頃その主張の葉書をもつて本件差押の解除を求めたのみで、法定の期間内に書面で再調査及び審査の請求をしていないから、本訴は所謂前審手続を経ていない不適法なものであり却下さるべきである。

本案について、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、被告が前記の如く訴外人に対する国税滞納処分のためその主張の日本件土地の差押並びに登記を了したこと、原告が昭和三一年一月五日右土地につき所有権移転登記を経たことは認めるがその余の事実はすべて否認する。仮に原告が所有権を取得していたとしても、被告の右差押登記当時迄にその所有権移転登記を経由していないから該所有権取得を被告に対抗し得ない、従つて被告のした本件差押処分は正当である。と述べた。

理由

まず被告の本案前の抗弁について考えるに、原告の本訴請求は、要するに原告は本件土地を所有するものであるところ、被告が訴外児島丈吉に対する国税滞納処分のため該土地を差押えたのは不当であるから右差押の解除を求める趣旨で差押処分の取消を求めるというのである。

しかして滞納処分は滞納者の所有に属する財産を差押え公売処分に付することを要件とするものであるから、若し収税官吏が誤つて滞納者以外の第三者(納税保証人等はこゝにいう第三者でない)所有の財産を差押えた場合、右第三者は実体法上当該差押によつて何ら拘束を受けることなく、従つてたとえ右財産が公売に付されたとしてもこれによつて、買受人に権利移転の効力を生ぜず該財産に対する第三者の所有権喪失と云うが如きことはない(もつとも動産の場合には民法第一九二条により買受人が所有権を取得しその結果所有権を失うことがある)のでかゝる差押は無効なものといわねばならない。しかしながら無効の差押と云へども、その不存在の場合とは異り外形上存在するからそのまゝ放置しておくと、これを前提として当該財産は公売処分に付される等事実上の不利益を蒙ることになる。

ところで国税徴収法に「滞納処分に関し異議ある者は、第三一条の二、三、四の規定において所定期間内(滞納処分の通知を受け又知つた日より一ケ月以内)に処分庁へ再調査の請求次いでその監督行政庁へ審査の請求をする等行政手続による救済を求めたうえ、更に訴により右処分の取消変更を求めることができるとした外、同法第一四条において第三者が滞納処分の執行として差押えられた財産につき所有権を主張して取戻の請求をしようとするときは、売却決行の五日前までに所有者たるの証憑を具へて収税官吏に対しその請求ができる」旨規定している。従つて滞納処分及びその執行としてなされた差押えに関し不服異議ある者のうち、特に第三者が差押財産について所有権を主張しこれが取戻を求める場合は単に売却決行の五日前までに、そして所有者たるの証憑を具えることを要求しているに過ぎない。けだしそれは滞納処分及びその執行としてなされた差押に関する違法の主張と云うような全般に亘るしかも複雑かつ多岐なる事由ないし租税徴収権自体にも影響を及ぼすが如き虞あるものと異なり単に個々の差押物につき第三者が所有権を有するかどうかと云う一点に過ぎない単純簡易な主張であるから特に簡易かつ迅速な手続を認めたものと解するを相当とする。そうすると、訴をもつてかゝる請求をする場合だからと云つて再調査等を経なければならないとすれば、上敍の趣旨に矛盾することとなるし、しかも所有権の主張と云うが如き実体法上の権利関係の存否に関する争は再調査ないし審査の手続をしなかつたからと云つて有効に確定してしまうものでないことに鑑みれば前示再調査等の手続を経ずして直ちに右処分庁を相手方として取戻請求(従つて当該財産についてなされた差押の排除ないし取消)を求め得られるものとするを相当といわねばならず、しかもかゝる訴は、前段説明の如く本来無効の差押であるが、形式上差押なる処分が存在するのでその排除ないしは取消を求めるものに過ぎないので行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる行政庁の違法な処分(従つて取消変更されるまでは効力を有するものである)取消変更に係る訴訟(所謂抗告訴訟)には該らず「その他公法上の権利関係に関する訴訟」(所謂当事者訴訟)と解すべく従つて右特例法第二条所定の訴訟に該らないので前記再調査等の前審手続を経ることなく処分庁を相手方とし訴をもつて自己の所有権を主張して当該財産について為された差押えの排除ないし取消を求めることができるものといわなければならない。そうすると、原告が本訴主張の差押物の取戻請求について国税徴収法による再調査及び審査の手続を経ないことは自ら認めるところであるけれども、ために不適法であるとは云えない。

そこで進んで本案についてみるに、被告が前示の如く訴外人に対する国税の滞納処分の執行として、本件土地につき昭和三〇年一二月二六日これが差押えをし翌二七日高松法務局三本松出張所受付第二一四七号をもつてその旨登記をしたこと、及び原告がその後昭和三一年一月五日右土地につき所有権移転の登記を経たことは当事者間に争がない。そうすると、仮に原告が右差押以前に本件土地の所有権を取得した事実があつたとしても、これが所有権移転の登記を了したのは昭和三一年一月五日であるから被告の右差押登記がなされた昭和三〇年一二月二七日当時は未だ原告は右所有権の取得を以て正当な利益を有する第三者たる被告に対抗することを得ない筋合のものと云うべきである。

ところで、原告は右差押前なる昭和三〇年一二月六日頃香川県知事から本件土地の所有権移転につき許可を受けその頃該許可書が白鳥町農業委員会に到達していたに拘らず、被告において同委員会の事務吏員と意を通じ右差押当時まで原告に右許可書を交付させず違法に原告のこれが移転登記申請を妨げたものであるから、被告は原告の所有権取得についてその登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に該当しないと抗弁するけれども、その提出援用の証拠によるも該事実は認められず、かえつて証人白井竹松の証言及び同証言により真正に成立したと認められる甲第二号証によれば、本件土地につき原告の申請に対する昭和三〇年一二月六日付香川県知事のこれが所有権移転の許可に関する許可書は郵送され、それが同年一二月二六日白鳥町農業委員会に到達したので同委員会事務吏員において遅滞なく原告に交付したものであることを窺われるので抗弁は採用できない。

そうすると、原告の本訴請求はその所有権取得の点について判断するまでもなく理由のないこと明であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 太田元 西村清治 谷本益繁)

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